喪中の神棚と神道の葬儀について
日本における三大仏教のひとつ、神道(しんとう)という宗教があります。神道を信仰している方にはなじみが深い神棚を封じる場合があることをご存知でしょうか。神棚を封じることを「神棚封じ」と呼び喪中期間に行われます。ご存知の方もそうでない方も改めて確認してみるといざという時に役立つかもしれません。また、仏教と神道では葬儀の様式や手順が異なるだけでなく意味も全く別のものです。
今回の記事では、喪中の神棚と神道の葬儀ついて詳しくご紹介致します。
神道と死生観について
神道とは日本古代から現代に続く民族宗教であり、日本の土着の宗教です。神道は教典と呼ばれるような明確な教えに代わるものがなく、一般的な宗教概念からみると異彩を放っていると言えます。仏教の場合、葬儀は故人を極楽浄土に送るために行われ故人は仏のもとで安らかに暮らすとされています。これに対し神道式の葬儀である「神葬祭」は故人を家に留め守護神とする為の儀式とされています。神道おいて明確な教えというものはありませんが「敬神崇祖」という「神を敬いご先祖さまを崇めましょう」という言葉をその基本姿勢として推奨しています。畏敬の対象は神霊のみならず人の御霊もまた同様に扱われているのです。こういった先祖崇拝は元来は神道の考え方とされているそうです。また、仏式の葬儀は葬儀場の他にお寺でも行われますが、神葬祭が神社で行われることは基本的にはありません。
神道では死は穢れであるとされていて、神社のような神の聖域に穢れを持ち込むことはタブーとされている為です。神道では、生命は神が人間に「お任せになったもの」であり、いつかは神に返さなければならないものであると考えられています。その生命を返すときが「死」とされているのです。「遷霊祭」で故人の霊魂をご遺体から仏式で言うところの位牌にあたる霊璽に移し「葬場祭」で死の穢れを清め、故人を家の守護神としてまつります。
他の宗教や宗派とは違い、神道における「神さま」の定義というのは厳密に言い表すのは事実上不可能という程に多種多様で曖昧な存在と言えます。しかし、その対象はあらゆるものに及ぶとも言え、目に見える見えない関係なくあらゆる万物に注がれると言えるという事です。いわゆる「極楽浄土や天国に故人を送る」という考えで行われる葬儀ではなく、神式においては「故人はここにとどまり子孫を守ってくれる」と考えます。このため葬儀の場では「お見送りする為の儀式」ではなく「神様となって家を守ってくれるようにする為の儀式」が行われることになります。
神道における葬儀について
神道における葬儀である「神葬祭」の流れについてお伝え致します。
まずは訃報を聞いたあと、神棚や祖霊舎(仏教における仏壇に当たるもの)に故人の死を奉告し、神棚に穢れが及ばないように神棚や祖霊舎の扉を閉じ「神棚封じ」を行います。次に「枕直しの儀」が行われます。枕直しの儀とは、ご臨終の後、北枕にして故人を安置したら守り刀を胸の上に置き、その傍らに白い布をかけた小さな棚を用意し、燭台にろうそくを設置して火をつけ、榊、塩・水・米を「三方」と呼ばれる台の上に置きます。納棺の儀は仏教と変わりはなく新しい布団を棺に設置し、ご遺体を安置します。通夜についても仏教のものとほぼ同じ流れをとります。ただ、神職が祭詞を奏上し参列者は玉串を奉って拝礼します。また、雅楽の演奏が行われることもあります。神道の式で特徴的なのは死者の御霊をご遺体から霊璽に移すための「遷霊祭」でしょう。故人の魂を移すということで、「御霊うつし(の儀)」と呼ばれることもあります。この際には、部屋のあかりをすべて消すのが正式です。魂を移された霊璽は一時的に「仮霊舎」に置かれます。灯りがつけられた後に、一同がその前に集まり米などを供えます。またこの時に御霊をうつすときに述べる「遷霊詞」を述べます。葬儀二日目には、仏教における「告別式」が行われます。玉串による拝礼が行われ、仏教のお式と同じように通夜とほぼ同じ流れを取ります。これが「葬場祭」と呼ばれます。その後に火葬の儀が行われます。これは故人との最後のお別れの時間となる火葬を行う際に行われるものです。神主が祭詞を述べ、家族がお別れを行います。このときも玉串が用いられます。かつては、火葬が行われた後すぐに埋葬が行われていました。埋葬の際には埋葬祭という遺骨を墓に納め銘旗(故人の名前や職名などを記した旗)や花を供えます。そしてその後で「帰家祭」として、神棚や祖霊舎に葬式全般が終わったことを報告した後、神職やお世話になった人を招いて「直会の儀」という宴を行っていました。しかし現在では時間的あるいは心情的な都合から、火葬後すぐにお骨をお墓に納めるのではなく手元にしばらく置いておくという家庭も増えてきたので「火葬のあとにすぐに埋葬し帰家祭を行う」という家庭ばかりではなくなっています。このような場合は五十日の区切りなどで埋葬することも多く「葬儀の一連の流れ」というかたちではなくなるでしょう。
- 神道における儀式
- 〇神棚封じ(かみだなふうじ)…帰幽奉告の際には神棚や祖霊舎の扉を閉じ白い紙を貼ります。死は穢れであるという考えである為、こうすることで神棚や祖霊舎に穢れが関わらないようにするのです。この間は普段のお祀りを中断し、故人へのお祀りを優先します。五十日祭をもって忌明けとされ、翌日からは普段通りのお祀りを再開します。
- 〇玉串奉奠(たまぐしほうてん)…神道において尊ばれる「榊」を個人に捧げるための儀式です。仏教での焼香、キリスト教での献花のように、故人への手向けとして行います。玉串は榊の枝に紙をつけたもので、自分の心を玉串にのせて神にささげ亡くなった方の御霊を慰める儀式です。
- 〇手水の儀…手水は最近は省略されることが多くなっていますが、正式には清めの手水の儀として、桶とひしゃくを用意しておきます。手水の儀では会場に入る前にひしゃくで水をすくって、左手、右手の順に清めます。そして、左手で水を受け口に軽く含んですすぎます。
また玉串奉奠の流れは、玉串を両手で受け取り遺族に一礼し、玉串を正面に立てるように持ち時計回りに回転させます。根元が祭壇側になるように置き、玉串を捧げたら二礼し、しのび手を二拍打ち、一礼します。数歩下がって遺族に一礼して戻ります。
榊と霊璽について
神式の葬儀に使われる道具のなかで、もっとも特徴的なのは「榊」でしょう。榊は神道にとって特別なものです。これは、「木」と「神」と書いて「榊」というほど神と深い関りがある神聖な植物であるとされているのと同時に、古来より日本では植物や先端が尖ったものには神様の力が宿ると考えられていました。常に生い茂って葉が落ちることがないため「栄える木」ということから「栄木(さかき)」もしくは「さかき=さかい=堺=神様のいらっしゃる聖域と私たち人間がいる世界の境目にある木」という意味を持っている等その語源や意味には諸説あるそうです。この榊を使って作られる「玉串」は、神道の葬式のもっとも重要な道具です。仏教における「焼香」に代わるものとして玉串を納める「玉串奉奠」があります。次にあげたいのが「霊璽(れいじ)」です。これは、仏教における「位牌」と同じものです。白木で作られているケースが多く見られ、祖霊舎に置かれます。祖霊舎とは先祖をお祀りするための場所であり、神棚よりも少し下の位置にしつらえられるもので、仏教における「仏壇」と似た性質を持ちます。「三種の神器」もまた、神式の葬式に用いられるものです。刀・鏡・勾玉のセットであり、五色旗という赤・黄色・白・紫もしくは黒・緑もしくは青の五つの色が使われた旗と飾ります。霊璽は、この三種の神器の鏡の前に飾られます。
一般的に、神道での葬儀においては「雅楽」の演奏が行われます。雅楽の演奏が行われている中で神主が祭詞を述べ、玉串奉奠が行われます。厳かな演奏であり、笙などが用いられることがあります。ただ、この雅楽の演奏については、現在では「必ず行われるもの」ではなくなっています。会場の都合や故人の意思などによって行われないこともあります。
神棚封じについて
神道の世界では「死」を穢れとして捉えられてきました。神棚封じには、家族の中けがれから神様の力を守るという意味が込められています。神棚封じは神様を封印することを指しますが、神道の世界では死や出産を穢れと捉えられていて、古来では亡くなった方には喪屋を作ったり、出産の際には産屋を作って隔てるようにしていました。この「穢れ」を不浄や汚れと連想する方もいらっしゃるかと思いますが、気力や気持ちなどの内面的な気が枯れてやる気のない状態を気枯れ(けがれ)ている、つまり「穢れている」と呼ぶようになったという背景があります。つらい出来事や悲しい出来事が起きると、人は気力が失われ元気な状態ではいられません。ご家族などの大切な方が亡くなった際には特に気持ちが沈み、悲しみであふれるでしょう。そういった状態を「穢れ」といい、不浄や汚れといった意味合いではないのです。自宅にある神棚はその家を守る小さな神社と同じ存在ですから、神様に死や遺族の方の穢れが及ぶことを避けるために守ることが大切だとされています。
神棚封じの時期については、故人が家へと帰り、枕飾りなどをした後や葬儀の後に行うのが一般的です。神道の考えでは「上座は北である」とされていますから、北枕にして故人を寝かせるようにし、枕飾りは八足机や三方(水・洗米・塩・お神酒)、花瓶、故人の好物などを供える必要があります。枕飾りなどの一連の流れは基本的に業者が行ってくれますので親族側で準備をする必要がない場合が多いですが、故人が使用していた布団などが必要な場合もあります。その際は業者から申し伝えがあるので確認しておくと良いでしょう。
神棚封じを行う人物としては、故人と関係が深いご家族は死と密接に関わっているため相応しくないと昔から考えられてきました。また、悲しみや辛さが残って気が動転していることも考えられますので、第三者の方へお願いした方が得策と言えるでしょう。ですから神棚封じをお願いする方はご家族以外の親類や友人などが理想的と言えますが、枕飾りを行った葬儀業者に事前に確認を取ってお願いしても良いでしょう。また、近年では、葬儀自体が簡略化されている傾向にある為、神棚封じを行う作法やマナーもそこまで厳密なものではなくなってきたのが実状です。万が一、神棚封じをお願いできる方がいらっしゃらない場合にはご家族の方が執り行っても差し支えはありません。
神棚封じの作法について
神棚へ毎日欠かさずに礼拝や掃除を行なっているといつも通りに行った方が良いのか迷う方もいらっしゃるかと思いますが、神棚封じを行っている期間は神様を穢れから守り五十日の封印を解くまではそっとしておくように掃除や礼拝を控えることが大切です。万が一誤って神棚封じを解いてしまった場合には、自身を塩で浄めた後に再度半紙を貼り付けると良いとされています。お札はしめ縄と同様に年末年始に交換するものですが、喪中の期間はお札の交換はしなくても問題ありません。通常ですと、年末に古いお札を神社で納めるか、年始に初詣で神社の納札箱に入れることが可能ですが、喪中と重なった場合には喪中明けに神社へ直接お札を納め、新しいお札に交換するようにしましょう。お札を交換するタイミングは、年末年始と考えている方も多くいらっしゃるかと思いますが、本来は神棚のお札はつけ始めた時期である約一年後に交換すれば問題ないとされています。交換せずに何年も同じお札をつけ続けるのは失礼に値しますが年末年始に必ずしもお札を交換する必要はないということ念頭に置いておくと良いでしょう。
また、余談となりますが喪中に新年を迎える場合には、正月飾りは控えるようにしましょう。神道の習慣で門松や鏡餅・しめ縄を忌明けに飾っても問題はないと考えている方もいらっしゃいますが、基本的に飾らない方が無難です。正月飾りは新年を祝い、歳神様を迎え入れ、旧年を無事に過ごせたことへ感謝の意をあらわすものなので、旧年中に不幸があった場合は正月飾りを行うことは好ましくないとされています。
神棚封じの手順について
ここからは神棚封じの具体的な手順についてお伝えしていきます。神棚封じを行う期間は五十日までと決められていました。神道は死そのものを避ける風習がありますので、例え神道以外の方が亡くなった場合であっても、家に神棚をまつっているのであれば神棚封じを行った方が良いと言い伝えられてきました。以下の手順に沿って神棚封じは行われますが、葬儀終了後など、可能な限り早い時期から行うようにすると良いでしょう。
- 神棚の神様へ挨拶をする
- 榊やお供物などを下げる
- 神棚の扉を閉め、真ん中に白い半紙を貼る
以上の手順をより詳しくお伝えすると、まずは神棚の神様へ軽くお辞儀をし簡単な挨拶をします。挨拶を済ませたら、神様へ「誰が亡くなったか」を伝えます。神道の考えでは亡くなった方は神の世界へ行き、自分たちの家・家族を守ってくれると言い伝えられている為、神様が故人を神の世界へ案内できるように誰が亡くなったかを報告することが大切です。神様へ亡くなった方が誰なのかを報告した後は、神棚にある榊やお供物を下げます。神様に対して失礼なのではないかと迷うかもしれませんが、すべて下げてしまって問題ありません。神棚を封印している期間中は、お供物をする必要もありませんし、何もしないで神棚を封印しておくことが大切なのです。その理由について簡潔にお伝えすると、古来より穢れから神棚を遠ざけるために、五十日間を過ぎるまでは触ることすら控えた方が良いとされていたという背景からです。榊やお供物など一式を下げたら扉を閉め、扉の中央に白い半紙(書道で使う白い半紙をそのまま)を貼り封印をしてください。神棚という聖域を犯さないようにするために半紙を使います。神棚の大きさや幅によっては半紙が小さく感じる場合もありますが、半紙の大きさを気にするよりも神棚の中心に貼るという点を意識しましょう。この際に神様へ穴を開ける行為は失礼にあたりますので、画びょうやピンなどで穴があくようなものは使わないようにします。テープなどで半紙を貼るということを忘れないようにしてください。神棚にしめ縄がある場合には、縄の上から白い半紙を貼り付けて問題ありません。その際も画びょうやピンなどの穴があく物は使わずにテープで貼るようにしましょう。通年であれば、年末に神棚の掃除を行い新しいしめ縄と交換しているかと思いますが、喪中の期間に新年を迎える際は、喪が明けてからしめ縄の交換を行うことをおすすめ致します。しめ縄がお正月の期間でなければ手に入らない場合は、準備だけ済ませておき喪が明けてから取り換えると良いですね。
神棚封じを解く際には五十日祭を終えてから行うと良いとされています。神棚の正面に貼り付けた白い半紙を丁寧にはがし、神棚の扉を開けて元の状態へと戻します。この流れが神棚の封印を解くという儀式の流れとなります。神棚封じが終わり次第、以前と同じようにお供物を用意しておくと良いでしょう。神棚封じの解き方には厳密な決まりはありませんので、お願いする相手がいない場合はご家族の方が行っても問題はありません。